【解説】停戦の有無はともかく中東再編は終わっていない……BBC国際編集長

イラン国旗を背に、イスラエルのネタニヤフ首相とアメリカのトランプ大統領の白黒顔写真が組み合わされているイメージ画像
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ジェレミー・ボウエン BBC国際編集長

アメリカとイランのどちらにも停戦を強く求めたい理由がある。これがパキスタンでの停戦協議における一番の前向きな材料だ。一方、どちらもお互いをまったく信用していないことと、何の共通項もなさそうに見えることが、交渉にとって特に大きい障害となっている。この戦争でアメリカが全面的に手を組むイスラエルが、レバノンへの攻撃を大々的に激化させている点も、また同様だ。

アメリカのドナルド・トランプ大統領は、すでにこの戦争を過去形で語っている。勝利を宣言し、出口を必要としている。今月後半にはチャールズ英国王のアメリカ公式訪問が予定され、5月には中国の習近平国家主席との首脳会談が控えている。11月には中間選挙もある。さらにトランプ氏は、アメリカの夏休みシーズンが近づく中、ガソリン価格を開戦前の水準に戻さなくてはならない。王室訪問や首脳会談や選挙は、戦争と相性が悪い。

ベイルートのコルニッシュ・エル・マズラー地区で、イスラエルの空爆で焼かれ破壊された車や建物のがれきの前に複数の人が立っている

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画像説明, レバノンの首都ベイルートは、イスラエルが続ける空爆で壊滅的被害を受けている。

イランの政権にはそれとは別に、戦争を終わらせたい独自の理由がある。体制は相変わらず不屈の姿勢で、ミサイルやドローンの発射能力を維持しているし、ソーシャルメディア上では体制派がドナルド・トランプを嘲笑する人工知能(AI)動画を大量に流し続けている。しかしそれでも、イランは甚大な被害を受けた。国内各地の都市は経済的にまひし、政権は立て直す時間を必要としている。政権はパキスタンでの協議を利用して、自分たちの立場を強化しようとするだろう。

このアメリカとイランの双方の代表団の間を、仲介するパキスタンの担当者たちは行き来するわけだが、それは実に難しい役割だ。アメリカとイランの公式な立場は、これ以上はあり得ないというほど隔たっている。

トランプ氏には15項目の計画がある。正式には公表されていないが、流出した内容は交渉の土台というより、イランへの降伏要求のようだ。対するイランの10項目計画には、アメリカが過去に一貫して拒否してきた要求が並ぶ。

より持続的な停戦を実現するには、お互いが相いれない、解決が難しい問題の一覧について、少なくとも話し合いを続けるための、何かしらの取り決めが必要だ。

これが平時だったとしても、両国の相いれない主張に接点を見出すのは難しい。

まして戦時下で、お互いの信頼が皆無の状況では、たとえ幅広い課題で合意がなくても停戦は続けるという、そのための文言だけでも、前向きな成果と思えるはずだ。何の合意もなければ、戦争に逆戻りの可能性が高い。

日本時間8日午前6時のホルムズ海峡の衛星画像。通過を待つ多数の船が海峡付近に集まっている様子が、矢印で示されている。

ホルムズ海峡の航行が再開されるのかどうか。これがアメリカとイランが直面する最新の、そして最も喫緊の問題だ。

ホルムズ海峡はペルシャ湾の狭い出口だ。ここをイランが閉鎖し続けるなら、世界経済を締め付ける力を持ち続けることになる。

アメリカとイスラエルがイラン攻撃を開始するまで、この水路を1日に数百隻の船が利用していた。その再開が今では、交渉の中心課題だ。この紛争に巻き込まれた中東の何百万人もの民間人は、この交渉が戦争の最終局面になることを願っている。

勝利パレードはない

アメリカは、イスラエルと共に2月28日に大規模な攻撃を開始し、イランの最高指導者とその妻、さらに複数の家族を含む大勢を殺害した。その時点では、まさか4月初めにイラン相手に停戦交渉に臨んでいるとは予想していなかったはずだ。

あっという間に勝つと、トランプ氏は予想していた。1月にアメリカ軍がヴェネズエラのニコラス・マドゥロ大統領とその妻を電撃的に拉致した時の、イラン版だ。マドゥロ夫妻は現在、ニューヨークで麻薬テロ関連の罪に問われており、トランプ政権はマドゥロ氏の元副官を大統領に据えた。

イランの最高指導者アリ・ハメネイ師を最初の空爆で殺害すればイランの体制は崩壊するという期待、あるいは予測は、とんでもなく間違っていた。後継者に指名された息子モジタバ・ハメネイ師は、指名以降、公の場に姿を見せていない。両親を殺害した攻撃は、モジタバ師の姉妹と妻と息子の1人も殺害したと言われており、この時にモジタバ師は重傷を負ったのではないかとの推測されている。

新しい最高指導者が積極的に関与しているかどうかは別にして、イランの体制はトランプ氏の意表を突いて、実に強靭(きょうじん)だ。

テヘランでの会合に出席したモジタバ師。黒いターバンや法衣を身に着け、右手を胸にあてている。めがねをかけ、白髪交じりのひげをたくわえている

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画像説明, モジタバ・ハメネイ師は最高指導者に指名されて以来、公の場に姿を現していない

ピート・ヘグセス米国防長官は、アメリカはイランに対して「大文字のVの軍事的勝利」を収めたと述べた。今や、J・D・ヴァンス副大統領率いるトランプ政権の代表団は、打倒したと主張する相手と交渉しなくてはならない。しかし、その主張は間違っている。

ホルムズという要因

アメリカとイスラエルが引き起こした戦争は、すでに中東の地政学を再編している。長期的な影響が明らかになるにつれ、その動きはいっそう深まるだろう。両国はイランの軍事力、ならびに軍事・民生インフラに甚大な損害を与えた。しかし、イラン体制は打撃を受けたものの、今も存続している。体制転換は起きていない。イランは依然としてミサイルやドローンを発射できる。つまり、声高な主張にもかかわらず、アメリカとイスラエルは戦術的な勝利を戦略的な成果に結びつけていないのだ。

一方でイランは、ホルムズ海峡の封鎖が戦略的な優位性につながると明示した。これは、トランプ氏がベンヤミン・ネタニヤフ首相から対イラン開戦論を聞かされた際に、軽視したか理解していなかった点だ。

青い幕とイスラエル国旗を背に、マイクの載った演台を前に話すスーツ姿のネタニヤフ首相。紺色のスーツに赤いネクタイ

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画像説明, イスラエルのネタニヤフ首相は自分の目指すところを、強力に推進してきた

攻撃されたイランはホルムズ海峡を封鎖した。このことは、決して意外でもなんでもなかった。そうすると過去に脅したこともあるし、1980年代のイラン・イラク戦争初期にもホルムズ海峡で原油輸送を妨害した。

イランが海峡を封鎖したら……と、その影響を想定して戦争計画を立案するのは、海峡を通る海運に依存する全ての国の外務・防衛当局が繰り返してきた外交・防衛計画づくりの標準的な一部だった。ここで言う「全ての国」には、アメリカも含まれる。しかしトランプ氏は、無謀な戦争に突き進むのを止めなかった。

アメリカとイスラエルがイランを攻撃するまで、世界の石油・ガスの20%を運ぶ船が、毎日この海峡を通過していた。農業用肥料や半導体を含むハイテク製品に使われる、石油化学製品の重要な副産物も運んでいた。統合された今の世界経済では、海峡封鎖の影響は増幅され続ける。影響がどこまで拡大するかは、イラン指導部の想定をも超えたかもしれない。

ホルムズ海峡の位置を示した中東の地図

世界で最も重要な交易路の一つで船舶の通行を止める能力は、強力な武器だ。イランはこれを、長期的な戦略的利益に変えたいと考えている。湾岸地域にあるアメリカ軍基地の閉鎖要求、戦争被害への補償、ウラン濃縮の再開、制裁解除といった要求に加え、イランは海峡に対する自国の支配力を制度化しようとしている。

海峡について合意にたどりつくのは、イランの核能力についての協議と同じくらい、難しいことになるはずだ。イランの核開発計画は、濃縮ウランを爆弾に転用するかどうかにかかわらず、敵に対する抑止力の選択肢を増やすことを意図していた。は結果的に今回、ホルムズ海峡の封鎖は核開発よりもはるかに低コストで、近隣諸国や敵国の経済に壊滅的打撃を与える可能性がある、実行もはるかに容易なことが明らかになった。

すでに合意された2週間の停戦期間中、ホルムズ海峡を通過したい船舶はイラン軍の許可が必要だ、さもなければ攻撃・破壊するとイランは主張している。

通行を認めたわずかな船舶には、数百万ドルの通行料を課している。これが続けば、数十億ドルを稼ぐことができる可能性があり、その事態に湾岸のアラブ諸国は震え上がっている。

世界経済への打撃をさらに深刻にする要因として、イランと連携するイエメンのフーシ派が紅海南端の狭いバブ・エル・マンデブ海峡を火力で封鎖できると、ガザ戦争の間に示した。サウジアラビアは、通常は湾岸とホルムズ海峡を経由して輸出する原油を、パイプラインで紅海沿岸の港に送り、アジアへ出荷している。フーシ派が南側の出口バブ・エル・マンデブを封鎖すれば、それも止まる。

殺害から40日を迎える式典の日、アメリカ国旗をミサイルの弾頭が貫く様子を表したプラカードを手にする男性。背景の看板には、イランの新しい最高指導者モジタバ・ハメネイの姿が描かれている

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画像説明, イラン国内の反米感情は、戦争が始まって以来、衰えていない

開戦直後にイスラエルに殺害された最高指導者アリ・ハメネイ師は、アメリカとイスラエルと西側諸国を強烈に疑いつつ、慎重なことでも知られていた。今のイランで権力を握る年若な政権幹部は、そのほとんどがイスラム革命防衛隊(IRGC)出身で、故ハメネイ師の見方を共有しつつも、慎重に待って様子を見ようという姿勢は必ずしも受け継いでいない。

今の政権首脳にとっては、生き残ること自体が勝利だ。体制の代弁者たちは、その点を声高に主張してきた。今となっては、戦争で失ったものを再建する機会も手にするかもしれない。

ネタニヤフ氏の野心

イスラエルのネタニヤフ首相も、強硬な物言いを長年続けてきた割には、慎重な指導者としての定評を得ていた。パレスチナ・ガザ地区の武装勢力ハマスによる2023年10月7日の攻撃までは。今では、戦争のドクトリンを受け入れている。ネタニヤフ氏はイスラエル人に対し、自国の紛れもなく強大な力と創意工夫によって中東を再構築し、国を強化すると、繰り返し約束してきた。首相の精力的な目標追求の影響で、イスラエルこそが中東でも最も最も破壊的な存在だと、近隣諸国は見るようになった。

イランがイスラエルを直接、あるいは同盟勢力や代理勢力を通じて間接的に、脅かす能力を破壊すること。これこそネタニヤフ氏はその長い通じて追求し続けた、重要目標の一つだった。

イランと協力関係にあるレバノンのイスラム教シーア派勢力ヒズボラを、ネタニヤフ氏は攻撃し続けようとしている。そのため、たとえトランプ氏がイラン空爆の一時停止を要求したところで、イスラエルがレバノンを攻撃し続けるのなら、パキスタンでの停戦協議は破綻しかねない。

停戦初日、イスラエルはレバノンに対して大規模な空爆を実施した。ベイルートの保健当局によると300人以上が殺害された。

白いビニールシートで急きょ作られたテントが並ぶ道路で、避難してきた子供たちが遊んでいる

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画像説明, レバノンでは110万人が避難を強いられている。写真はレバノンの首都ベイルートにできた仮設の避難キャンプ

イランはこの後、停戦するか戦争再開か、どちらかを選ぶようアメリカに告げた。イスラエルの報道によると、トランプ氏はネタニヤフ氏に自制を求めた。ネタニヤフ氏は、追加の空爆を命じる一方で、レバノンからの直接協議の要請に同意した。

イランとパキスタンは、停戦はレバノンにも適用されるとしている。イスラエルとアメリカは、適用されないとする。事態の推移にほとんど影響力を持たず、心配して見守るばかりのイギリスなど各国は、停戦はレバノンにも適用されるべきだと言う。パキスタンでの協議はどういう条件で行われるのか、事態は混乱している。この混乱は、トランプ氏の戦争目的の混乱を反映するものだ。

「The Pentagon」と書かれた国防総省の印を前に、記者するスーツ姿のヘグセス国防長官

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画像説明, ヘグセス氏は勝利を宣言したが、今後の交渉は決して簡単ではない

イスラエルは、標的はヒズボラだとしている。しかし、レバノン国内では、イスラエルの実際の標的はレバノンそのものだと考える人が増えている。イスラエルは今やレバノン南部の広い地帯を占領し、ガザ地区を破壊し尽くしたのと同じように、レバノンでも住宅を破壊し、何千人もの住民を追い出している。

戦争の長期的な影響は、中東全域へ、そしてそれを超えて、広く波及するだろう。湾岸の裕福なアラブ君主国は、何年にもわたり数十億ドルを投じ、ビジネスや観光、航空輸送の世界的拠点へと中東を様変わりさせようとしてきた。しかし、数週間にわたるイランの攻撃は、各国が突き進めてきた近代化と開発の戦略に、取り返しのつかない損害を与えた。

湾岸諸国はアメリカとの同盟関係についても、検討し直している。湾岸諸国がアメリカと決別することはない。あまりにもアメリカを必要としているからだ。しかし、各国は将来の安全保障の手段を多様化しようとしている。アメリカに可能な限り近づくという旧来のモデルは、うまくいかなかった。

動画説明, イスラエル、レバノン南部を管理へ 村の住居は破壊すると

中国は事態を注視している。ロシアも同様だ。トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)について、アメリカが支援を必要とした時に支援しなかったと主張し、またしても加盟諸国を脅している。

中国はイランに停戦合意を促し、協議を続けるよう圧力をかけ続ける可能性が高い。中国は中東の石油に依存している。イランは中国へ向かう自国タンカーのホルムズ海峡通過を認めてきた。その一方で中国は、トランプ氏の場当たり的な外交が生む隙間を、利用しようとするだろう。

では、イランの人々はどうなるのか。空爆と死と恐怖が続く数週間、イランではインターネットの遮断が続いた。政権に対する見方がどうだろうと、イラン国民は外の世界から切り離されている。トランプ氏とネタニヤフ氏は2月28日、これは自分たちの国を取り戻す機会になると、イランの反体制派に約束した。しかし、それはもはや忘れ去られている。

トランプ氏の言うことは、反体制派を守るという約束から、徹底的な爆撃で全てのイラン人を「石器時代」に逆戻りさせるという脅しまで、揺れに揺れた。

イランの人たちが今、将来について確信できるのは、未来は厳しいものになるということだけだ。そして、国民の生活を半世紀近く支配してきた体制は、根深く足場を固め、深く怒り、自分たちの権力とイランのイスラム体制を脅かすものはなんだろうと徹底的に粉砕すると、決意をかつてないほど強力に固めている。これもまた確かだ。