9/11攻撃直後の大気汚染、ニューヨーク市民は「うそをつかれていた」 マムダニ市長が文書公開

粉じんが舞い、がれきが散乱する中、右手にペットボトルを持ち左手を左目に当てている人と警官が並んで立っている。背後には警察車両のバンが見える

画像提供, Corey Sipkin/NY Daily News Archive via Getty Images

画像説明, 世界貿易センタービルの崩壊直後、付近にいた人々は全身が粉じんなどで覆われた(2001年9月11日、米ニューヨーク)
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マデリン・ハルパート、ケイラ・エプスティーン(米ニューヨーク)

2001年9月11日の米同時多発攻撃の発生直後、高層ビルが崩壊したニューヨーク・マンハッタンで有害な大気汚染が記録されていたことが、新たに公開された大量の文書で明らかになった。ニューヨーク市のゾーラン・マムダニ市長が8日、発表した。当局は当時、健康へのリスクは低いとしていた。

マムダニ市長は記者会見で、「9/11」攻撃の関連文書17万点を公開すると発表。あわせて、世界貿易センタービルが崩壊した「グラウンド・ゼロ」付近の調査で、「ほぼすべての場所」からアスベストが検出されていたと述べた。

そして、「人々が病気になったのは、信頼していたリーダーたちがうそをつき、有害な空気を吸っても安全だと告げたからだ」と述べた。

連邦保健当局によると、ビル崩壊で発生した粉じんや煙に関連した病気で死亡した人は、攻撃で死亡した約3000人を上回るという。

有害な汚染物質を吸い込んだことで、数万人ががんなどの健康被害に見舞われた。すでに死亡した人も多い。

この日の記者会見では、人気テレビ司会者でコメディアンのジョン・スチュワート氏も、マムダニ氏の隣に立って発言。スチュワート氏は、「9/11」の現場で救助活動にあたった後に健康を損なった人たちを、長年にわたり支援してきた

スチュワート氏は、新しく公開された文書によって、攻撃から1カ月後の2001年10月には、マンハッタンの空気が有害だと市当局は知っていたことが、明らかになったと述べた。

そして、「公平を期すために言うと、当局はその情報を25年間隠していただけのことだ」と、皮肉を込めて言った。

記録によると、攻撃後は何カ月にわたり、グラウンド・ゼロ付近でアスベストが検知されていた。しかし、住民は当時、そこへ行くのは安全だと言われていた。

ダークスーツにえんじ色のネクタイを締めたマムダニ市長が中央で演台に向かい、周りに大勢が立っている。市長の左では、茶色いジャケットを着たスチュワート氏が、厳粛な表情で下を向いている

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画像説明, 「9/11」攻撃の関連文書17万点を公開すると発表したニューヨークのマムダニ市長(中央)。記者会見には、救助活動にあたり健康を損ねた人たちを長年支援してきた、人気司会者のスチュワート氏(右)も同席した(8日、ニューヨーク市役所)

公開された文書には、空気の質に関する報告書や、市当局者間のやり取りが含まれている。「ハーディング・メモ」として知られる2001年10月の文書もある。

その文書の中で、当時のロバート・ハーディング副市長に対して側近が、攻撃への対応をめぐって市が最大3万5000件の訴訟の被告になる可能性があると警告していた。

側近は、健康に関する市の勧告によって、多くの住民が「あまりに早く現場の地域に戻った(そして有害物質にさらされたり、精神的苦痛を被ったりした)」ことから、市は訴えられる恐れがあると伝えていた。

一方、ジェリー・ナドラー連邦下院議員の懸念を記録した別の文書によると、現場付近には、資格をもつプロだけが除去に当たるべきアスベストが存在していたにもかかわらず、市当局は市民に対し、「ぬらしたモップと雑巾」で粉じんやがれきを掃除するよう指示していた。

同じ文書はまた、当時の市保健当局トップの証言を記録。調査では「室内の空気中にアスベスト濃度の上昇は認められなかった」ものの、粉じんには「一部のサンプルで低濃度のアスベスト」が検出されていたと記載されている。

この文書は、2002年就任のマイケル・ブルームバーグ市長の特別顧問だったエスター・フュークス氏によるものとされる。そこには、「市役所にとって潜在的な問題」だとの記述もあった。

攻撃から数日後、市当局と環境保護局(EPA)などの連邦当局は、崩壊した「ツインタワー」周辺の空気は安全だと宣言していた。

当時EPA長官だったクリスティン・トッド・ホイットマン氏は、のちにこの声明について謝罪。「当時、私たちがもっていた知識に基づいて(EPAは)できる限りのことをした」と弁明した。

ビルが立ち並ぶ通りが白っぽい粉じんに覆われ、空気中にも粉じんが待っている。その中で多くの人が立ったり歩いたりしている。マスクを着けている人もいる

画像提供, Anthony Correia / Getty Images

画像説明, 粉じんが舞う中を多くの人が行き来した(米ニューヨーク)

市当局は当初、当時の記録は保有していないとしていた。それを受け、「9/11ヘルスウォッチ」という団体が訴えを起こしていた。この日の文書公開により、訴訟は決着した。

市当局は昨年、68箱分の書類を発見していた。

当時の空気の質に関する報告書などは、今月11日で攻撃から25年がたつのに合わせ、オンラインポータルで公開された。今後1年間にわたり、さらに多くの文書が公開される。

「9/11ヘルスウォッチ」による訴訟に関わっていたキャレン・クリンゴン氏は8日、グラウンド・ゼロから5分の場所に住んでいたきょうだいのロバート・クリンゴン氏が、攻撃後にぜんそくを発症し、その後がんと診断され、関連する脳腫瘍のため2020年に61歳で死去したとBBCに話した。

ピンクのシャツを着たクリンゴン氏が、室内でソファに座り、そばで丸くなっている犬の背中などを両手で触っている

画像提供, Courtsey of Andrea Axelrod

画像説明, ロバート・クリンゴン氏。2001年の9/11攻撃当時は世界貿易センタービルの近くに住んでいた。2020年にがんで亡くなった。

キャレン・クリンゴン氏は、「空気中に何が含まれていたのか、そして私のきょうだいがそうなったように、空気中の有害物質がどういう病気を引き起こしたのか、おそらくたくさんの研究ができるはず」だと述べた。「できれば、今と今後、病気の人たちの役に立ってもらいたい」。

グラウンド・ゼロの有害物質にさらされ、2019年にがんで死去したルイス・アルヴァレス氏のきょうだいのフィル・アルヴァレス氏は、多くの人が今でも「毎日病気になり続けているし、死に続けている」とBBCに話した。