【解説】イギリスの首相であり続けるのは、今やかつてないほど難しいのか

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ジェイムズ・ランデイル BBC外交担当編集委員
イギリス政治の今の状態については、数字で語ることができる。過去7年で首相は5人。誰一人として、総選挙から次の総選挙までの期間を全うしていない。同じ期間は外相は7人、財務相は6人、内閣官房長は4人、次々と入れ替わった。
この間のイギリス政治の物語は、不安定と一貫性の欠如に彩られている。もし与党・労働党がキア・スターマー首相を党首の座から追い出すのなら、このイギリス政治の物語に新しい章が書き加えられることになる。イギリス下院(定数650)では現在、労働党の議席数は402議席。つまりスターマー氏は、国に大変革をもたらしたクレメント・アトリー首相(労働党)が1945年に獲得した393議席をしのぐほどの、多くの議席を擁する与党党首なのだが、それでも首相の座を失いかねない事態となっている。
首相交代が相次ぐこの物語を動かしているのは何なのか。なぜイギリスは、かつてのイタリアと同じくらい素早く、次々と指導者を交代させているのか。なぜ有権者と議員は、これほどあっさりと誰かを支持しては、あっさりと支持をやめるのか。要するに、イギリスは統治不能になりつつあるのだろうか。
スターマー首相にとって、答えははっきりしている。今月11日の記者会見で首相は、「イギリスが統治不能だとは思わない」と述べた。最大野党・保守党のケミ・ベイドノック党首もこれには同意し、下院で「イギリスは統治不能ではない」と発言した。

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しかし、スターマー、ベイドノック両氏が率いる下院議員たちは近年、政界の指導者たちを次々と追い落してきた。しかも、イギリスの行政、規制、司法の枠組みは複雑で、政策実現の前にたちはだかるが、政界トップはその中で巧みに動いて成果を出さなくてはならない。そして、党首たちは有権者にアピールしなくてはならないのだが、最近の有権者は政治にはトレードオフがつきものだということをなかなか受け入れようとせず、結果を今すぐ出すよう政治に要求しがちに見える。
イギリス政治が今、とりわけ激しい混乱のさなかにあるからこそ、相次ぐ出来事に首相たちは振り回されているのだろうか。それとも、イギリス政界の中心地、ロンドン・ウェストミンスターの混乱は、この国の政治に深く根差す、構造的な問題を反映しているのだろうか。
大事なのは出来事
今の時代は政治関係者にとって厳しいものだというのが、真っ先に出てくる単純な答えなのかもしれない。歴史的にも現在という時期は、どの世代の政治家にとっても試練の日々だった可能性がある。
2008年の金融危機、ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)の政治的混乱、新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的打撃、ウクライナ戦争とそれに続くエネルギー危機。そしてもちろん、ドナルド・トランプ米大統領が世界の仕組みそのものを揺さぶっている。
こうした数々の難問は、イギリス特有の課題ではない。各国の指導者が同じように直面しており、それぞれ対応に苦心している。経済的な逆風とせっかちな有権者に政権が揺さぶられるという現象は、ヨーロッパのあちこちで起きている。

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こうしたあらゆる課題を前に、イギリス政界の指導者たちは十分に応えてきただろうか。英シンクタンク「政府研究所(IFG)」のハナ・ホワイト最高経営責任者(CEO)は、応えてこなかったのではないかと疑っている。
「イギリスは『統治不能』ではない。しかし、イギリスの政党は、危機が立て続けに折り重なる時期に、不可欠な指導力が欠けた人たちを次々と首相の座に据えてきた。加えて、国の統治をかなり難しくしているような、いくつかの傾向もある」
シンクタンク「変化する欧州におけるイギリス」の代表、アナンド・メノン教授もこ同じ意見だ。「この国の制度は、過半数の議席を持つ政府に多大な権力を与える。この多数議席はこれまで、(変化を推し進めるために)使われてこなかった。それは、国の仕組みのせいで統治不能な状態へ向かっているのではなく、指導力の失敗が原因だ」。
歴史家で多くの首相の伝記を書いてきたサー・アンソニー・セルドンは、ボリス・ジョンソン、リズ・トラス、キア・スターマー各氏といった最近の首相には、職務遂行に必要な能力と、助けを求めるだけの謙虚さが欠けていたと言う。
「彼らには必要なスキルがないし、有能なスタッフを近くに置こうという意欲もなかった。過去の首相には必ず相談できる相手、指南役がいた。マーガレット・サッチャーにさえウィリー・ホワイトローがいた」(編注:ホワイトロー氏は保守党重鎮として内相や事実上の副首相を歴任。サッチャー政権を通じて、保守党副党首としてサッチャー首相を支えた)
機械に入り込んだ砂粒
しかし、たとえ近年の首相たちが以前より経験の少ない状態で首相官邸にたどり着いているとしても、そもそも官僚組織が首相をしっかり支えていないのだという意見も、下院議員の間にはある。彼らに言わせれば、ホワイトホール(ロンドンの官庁街、イギリスの官僚機構の代名詞)が障害になっているというのだ。
かつてデイヴィッド・キャメロン首相(当時)の政策ユニット責任者だったキャヴェンディッシュ女男爵は、「どの政権の関係者も、いざ就任するとあっと驚くようだ(中略)物事を前に進めるのが、あまりに大変なので」とBBCラジオ4の番組で話した。
「(ジョンソン首相の顧問だった)ドミニク・カミングスが指摘したように、官僚機構の一部に改革が必要だと、労働党の自分でさえカミングスに賛成してしまうかもしれない――。多くの労働党の閣僚が、そう話している」
スターマー首相は昨年12月、自分でさえ物事を前進させて結果を出すのに苦労しているのだと、下院の委員会で率直に認めた。
「首相になってからというもの、私にとってはフラストレーションが続いている。何かレバーを引こうとするたびに、それにまつわる大量の規制や協議や外部機関が関係してくる。おかげで、レバーを引いてから実際に何かが動くまでに、適切だと自分が思う以上に時間がかかってしまう」
表立って意見をあらわにできない官僚の中には、舞台裏で反論する人もいる。そういう官僚は、そもそも閣僚が明確な指針や命令を提供しないからだと言い、むしろ政治家の方が、国を統治するやり方を忘れたのではないかと疑っている。

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ベテラン官僚の一人は、私にこう話した。「政治家は官僚を見下し、今や官僚も同じように政治家を軽視している。そのせいで、政治家が政策を実施するための手段は、不安におびえて警戒している」。
このベテラン官僚は、政治家たちは「ますます子どもじみてきた。選挙に勝って権力の座についたことに興奮しすぎて、圧倒されて身動きが取れなくなり、挙句はいざ着任したところで、萎縮(いしゅく)しきって何もできなくなっている」のだと話した。
ロンドン・ダウニング街の首相官邸そのものが、仕組みとして、現代的な政府を運営するには、とんでもないほど力不足で人員不足だという意見も、当局者や顧問たちからは聞こえてくる。それにもかかわらず、歴代の政権は権力をよりいっそう、官邸に集中させてきた。その結果、判断が必要な案件が未解決のまま積み上がり、閣僚の権限が弱まっているのだという。
1990年代にジョン・メイジャー首相の政治秘書官だったヒル卿は、「官邸と内閣府に権力が集約されたことと、報道管理への執着が、閣僚の役割を前よりはるかに意義の少ない、弱いものにした。こんな状況でも政界に入って閣僚になろうという人がまだいることが奇跡だ」と話した。
しかし、昨今の世の中の出来事や指導力の弱さ、そして官僚機構の硬直だけを理由に、今の政治的な混乱を説明できるのだろうか。
ドラマチック依存症
政治プロセスが、ほとんど制御不能なまでに加速してしまっているのは、ソーシャルメディアのせいだという意見もある。
かつて労働党のトニー・ブレア元首相とゴードン・ブラウン元首相の顧問を相次いで務めたシオ・バートラム氏(現在は社会市場財団の代表)は、BBCラジオ番組「PM」で、次のように話した。
「構造的な問題がある。我々が国を立て直すために必要なことは、どれも10年はかかる。しかし、首相には10年の時間など与えられていない。今のソーシャルメディア時代には、あれもこれも短期間で決着がつくよう求められている」
個人のメッセージアプリを含めたさまざまなソーシャルメディアによって、ロンドン政界では政治的造反が簡単になった。そして、政策をめぐる議論はやりにくくなった。
かつてブレグジット強硬派だった元保守党議員のスティーヴ・ベイカー氏は、こう書いた。「ソーシャルメディアでは1時間前に終わっている会話に、党幹事や閣僚たちは遅れて入ってくる。今では、同じ仕組みが労働党内部でも動いている。ワッツアップのリストを軸にした小型の権力中枢が、党幹部への対抗手段としてあっという間に作られる。党指導部に造反するためのミニグループが、数カ月ではなく数日のうちにできあがる」。

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メディアにも責任があるという意見もある。かつてBBCの同僚記者だった政治評論家のニック・ブライアント氏は、「ジャーナリストが興奮しやすい」ことが「問題の一部だ」と考えている。
「政治家も、政治家を取材する政治記者も、どちらもドラマチック依存症だ。このせいで、混乱と不確実が絶え間ないサイクルとして繰り返され、民主主義があまりにも不安定になっている」
もちろん、ブレグジットをめぐる政治は、あまりに深刻な亀裂をもたらした。そのせいでイギリス政治の水脈は毒で汚染され、絶え間ない混乱と造反の文化が生まれてしまったと考える人もいる。
保守党の議員たちは、党首を次々と交代させることに慣れていった。現在の労働党議員たちは野党時代にその様子を見て吸収し、歴史的には決して普通のことではないそれを、当然のことと考えているのだろうか。
バックベンチャー(一般議員)は以前に比べて、党執行部の指示に従わなくなっているという研究結果が、次々と出ている。造反は戦後直後の下院では珍しかったが、メイジャー政権、ブレア政権、そして保守党と自由民主党の連立政権の下では、バックベンチャーが自信を強め、党の統制が弱まるにつれて、造反がより一般的になった。

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しかし、繰り返しになるが、これで何もかもが説明できるのだろうか。この国の政治が変質しつつあるという意見もある。そういう人たちは、労働党と保守党の二大政党制に挑戦する小政党の台頭を挙げる。
確かに現政権は下院で単独過半数を大きく上回る議席を確保しているものの、2024年の現在選挙での得票率は34%未満と、国民からの信任という意味では弱い。野党のリフォームUKや緑の党が支持を伸ばしている現状では、この傾向は変わらないかもしれない。
ブラウン元首相の顧問だったウッド卿は、次のように話した。
「二大政党はどちらも、党内の問題が理由で、政権運営に不安を抱えてきた。保守党政権が混乱したのは主に、ブレグジットで党が分裂してしまい、党運営が不可能になったからだ。労働党は2024年の総選挙で、国民に愛されないまま地滑り勝利を収めたせいで、奇妙な呪いを受けている。党を結束し、政権獲得後の方向性を定めるた、明確な政策テーマがないままだ」

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問題はもっと根深いと力説する人たちもいる。伝統的な政党の枠組みに亀裂が入っているのは、従来の政治関係者たちが、イギリスが直面する難問の規模にしっかり取り組めていないからだというのだ。
その問題には、構造的な経済の弱さ、持続的に高い移民の入国、欧州およびアメリカという従来の同盟諸国との関係弱体化、そしてエネルギー供給を波乱万丈の中東に依存し続けていることなどが含まれる。
期待の管理
このことはさらに広い問題、つまり政治的指導力の問題を指し示す。最近の首相たちは、議論を組み立てる方法、党や有権者に対して誠実な政策選択やトレードオフを提示する方法を、忘れてしまったのだろうか。
かつての首相たちは、短期的な痛みを伴う代わりに長期的な利益を約束していた。それが今では、ほぼ絶対に実現されない、刹那(せつな)的な満足を提案しているのだろうか。
この繰り返しは、幻滅と信頼の喪失を助長することがある。前回の選挙では、二大政党のどちらも、増税や支出削減の見通しについて率直に語らなかった。
政治とは、自分が何をしたいのか見極めて、そのための論を展開し、自分のやりたいことを総選挙でできるだけ多くの人が支持してくれるようにすることだが、イギリス政界にいる大勢がこれを忘れてしまっていると、前出のヒル卿は言う。
「その代わりに、政治家たちはさまざまなグループが何を望んでいるかを見つけ出し、あらゆる立場の合間を縫って十分な票を集めて、勝利ラインを越えることが自分の仕事だと考えている」
「政府と議会はかつて、メッセージを発信するための機構だった。それが今では、まるで巨大なロビー活動の機械のようで、メッセージを受け取る存在へと変わってしまった」と、ヒル卿は言う。
前出の社会市場財団のバートラム代表は、「自分の党の一般議員たちとしっかり向き合い、国民としっかり向き合い、厳しい事柄を伝えるという、そういうことを最近の首相たちはあまりしていない」と指摘する。

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福祉予算の削減、防衛支出の増加、国民保健サービス(NHS)の改革、そして経済の生産性向上の必要性について、政治家はいまだに有権者に正直に話そうとしないという意見もある。どの政策措置も短期的な痛みを伴うものだが、国の支援対象の重点を高齢者から若年層へ移すことになるとも言われている。
政治とは説得する作業だ。時には、魅了する作業でさえある。そしてそれには、有権者と議員と官僚に働きかけ、政府の政策課題を推進し続けるという、ほぼ絶え間ないプロセスが必要なのだが、そのことを最近の首相たちは忘れてしまったように見える。
もしかすると、私たち有権者もせっかちになりすぎたのではないか? インターネットで何かを注文すれば数時間後には玄関に届く、そういう時代に生きる私たちは、どのような政府にも無理な速度で、政治的な結果を前より素早く出すようにと、要求してはいないか?
リフォームUKや緑の党といった主流派ではない政党が支持を増やすのは、主要政党がイギリスの課題に対処できていないと有権者が判断し、幻滅した結果だ。
BBCラジオ5ライブの司会者マット・チョーリー氏は、有権者は複雑な問題に対して、簡単な答えがすぐに返ってくるのを求めているのではないかと言い、メイジャー元首相はそれに同意した。
「残念ながら、そうだと思う。簡単な答えがすぐに出るなどあり得ないのだと、誰も私たちにそう言わないから、みんながそれを期待してしまう」とも、元首相は述べた。
「最近の歴代政権は、ノーと言えなくなってしまったようだ。ノーと言うことも、政治の仕事の一部なのに」
もしかすると、これが問題の核心なのかもしれない。統治される側と統治しようとする側との間に、期待感のギャップがある。かつて首相というのは得てして、金策によって難局を乗り切ったものだ。右派のリーダーたちは減税すればよかったし、左派のリーダーたちは福祉予算を増やすことができた。しかし今では、どちらの選択肢も前ほどはうまくいかない。保守党が財源の裏付けがない減税を約束しても、労働党が借入拡大のため金融規制の緩和をほのめかしても、債券市場は同じくらい動揺するからだ。
それにもかかわらず、イギリスの経済は低成長、高債務、実質所得の停滞という状態に閉じ込められているように見えるし、有権者は物価高騰による生活費危機の厳しい現実を実感している。保守党はブレグジット後の好景気を約束し、労働党は成長を約束したが、どちらも実現していない。その結果、政府が自分たちのために成果を出していないと大勢が感じており、それによって政権運営がまた難しくなっている。
「公共サービスへの圧力が高まっている」と、前出のホワイト氏は言う。「国民の期待は高いが、政府にできることは限られている。トレードオフに直面することが少なかった国民は、パンデミックやウクライナのエネルギー危機の際に見られたような大規模な政府介入に慣れてしまっている。そのため、なぜ現在の生活費高騰が抑制されないのか、なかなか理解できずにいる。けれども、資金不足によって、政策の選択肢はひどく制限されている」。
状況はさらに悪化するかもしれないと、前出のセルドン氏は考えている。「経済危機と政治危機が同時に起きるようなことになれば、とても危険だ。過去には、政治的不安定を伴わない金融危機はあった。しかし両方が同時に起きれば、それは本当に深刻なことになる」。
厳しい真実
では、この混乱の循環から抜け出すには、どうすればいいのか。ウッド卿は、指導者は「国に対して厳しい真実を語る覚悟を持つべきだ。とりわけ財政の現実、防衛と安全保障について。そして、対応に必要な痛みを国として経験しながら、国を導くべきだ。世界についての明確な認識、わかりやすい価値観、そして将来に対する地に足のついた楽観主義に基づく政策課題を構築し、党を団結させ、有権者をあらためて奮い立たせるべきだ」と話す。
メイジャー元首相も、率直に語ることが大事だと言う。「政治家が立ち上がり、我々が直面している問題がいかに深刻か、自分たちを守るためにどうしなくてはならないか、とことんはっきり正直に間違えようがない形で語るなら、喜んで耳を傾けようという人が何百万人もいる」。

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それはそうかもしれないが、それには有権者が厳しいトレードオフを受け入れ、問題解決のための時間を政治家に与えようとする必要があるかもしれない。さらに、困難な真実に直面しながらも有権者をひきつけ、有権者と一緒に前に進もうとする政党が必要になるかもしれない。
何よりも、有能な指導者が必要だし、首相が有権者への約束を実現するのに必要な期間、職にとどまれることが必要となる。
今の首相官邸に一番長くいるのはおそらく、猫のラリーだ。そのことはネズミにとってだけでなく、私たち全員にとっての問題だ。











